こんにちは!ワイポケのKYONです。

こちらでは、私が経営する少人数制スタジオ事業についてのことや、仕事、そして人生の在り方についてお伝えしていきます。

最近、「ブログを続けていてすごいですね。」

「ライブ配信を始めたんですね。」「継続できていてすごいです。」

そんな言葉をいただくことがありました。

めちゃくちゃ嬉しい言葉なのと、

この言葉に対して、少しでも自分が、

「続けていてすごいっしょ!」

と自分でも思ってしまっていることを感じました。

何かに対して、本当にやるべきだ。

という本質を捉えている時って、

人はそれに対し、損得感情や、満足不満足、承認欲求的なものは生まれないのでは?

「自分は、なぜ続けているんだろう。」

「続けようと思って続けているんだろうか。」

「もしかして、誰かにすげぇ、て言われたいからやっている?」

「誰かに認められたいからやっている?」

誰かに言われたからでしょうか。

世間がそう言っているからでしょうか。

成功している人がやっているからでしょうか。

それとも、自分自身が本当に必要だと思っているのでしょうか。

私たちは意外と、「やらなければいけない」と思っていることが多い気がします。

仕事だから。

健康のためだから。

発信しないと忘れられるから。

毎日更新した方がいいって聞いたから。

でも、その”やらなければ”は、誰が決めたものなんでしょう?

誰かが言ったことなのか。

自分で決めたことなのか。

あるいは、

本当に自分が必要だと感じていることなのか。

この違いはかなり大きいと思いませんか?

例えばなんですが、私たちは毎日、食事をします。

眠ります。水を飲みます。

これらを「やらなきゃ」と思いながら生活している人は、ほとんどいないですよね。

歯磨きもそうです。

お風呂もそうです。

もちろん面倒だと思う日はありますが、

「歯を磨く意味って何だろう。」とか、

「今日は寝るのをやめようかな。」

そんな葛藤はあまり起きないですよね?笑

なぜかというと、

必要であることを身体が理解しているからです。

ここに意識的なものはないですよね。

むしろ無意識に近いレベルです。

この必要性が身体に染み付いていないと、

しっかりと腹落ちしていないと、

脳内で毎度、会議が始まる感じです。

「今日はやめてもいいかな。」とか「なんでやるんだっけ。」

「意味あるのかな。」というように。

この会議が毎回起こるから疲れてしまいます。

逆に、本当に必要だと理解した瞬間、その会議は終わります。

歯磨きをするかを悩まないように。

運転でシートベルトを締めるかを悩まないように。

必要な行動は、無意識的になっていく気がします。

行動は、最初は意識して始まるもんです。

でも、本当に必要だと理解したものは、やがて無意識になるというのが私の考えです。

だから継続とは、根性じゃないです。

「続ける技術」とかの自己啓発本も必要ないです。

その行動の意味を、自分がどれだけ深く理解できたか。

結局、継続とは、自分自身との対話なのだと思います。

できる人はそれを無意識で分かっている。

と思いました。

続けられない人は、「外」から意味を探します。

続けられる人は、「内」から意味を探します。

なので、いまだに他人の評価を気にしていた自分に対し、戒めをこめてこの記事を書いて整理したいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。