こんにちは!ワイポケのKYONです。こちらでは、私が経営する、少人数制スタジオ事業についての事、仕事や自分の人生の生き方についてをお伝えしていきます。

私が以前勤めていた職場での体験で、疑問に思っていた、昔から長らくある方針や考えがありました。

それに疑を唱え、「なぜこうなのですか?」

という問いに対し、

「前からそうだから。」

という答えが返ってきたのを思い出しました。

こんな言葉があります。

「考えることをやめるとき、人は悪をつくる 」

ドイツの哲学者アンナ・ハーレントの言葉です。

「思考を放棄することが、平凡な悪を生む」。

「言われたから従った」

「自分には関係ない」

「みんなやっているから」

「面倒だから深く考えない」

こうした「思考の放棄」は、自分の判断を手放し、“状況に身を委ねる”状態をつくります。

その結果、気づかないうちに、誰かを傷つけたり、不正に加担したり、大切な人を守れなかったりする。

関与しないことも、一つの「行為」になる

何もしないことは、悪ではない。

そう思いたいですが、それは違います。

見て見ぬふりをする誰かの苦しみに気づいても沈黙する

不正を許容する

コミュニティの空気を壊す人を放置する

自分の体や心の不調を“気づかないふり”する

これらはすべて「無関与という行為」であり、その結果は、静かに、確実に周りへ影響を与えます。

意図しなくても、「何もしないこと」が、誰かを傷つけてしまうことがあるのです。

日々、善良であれとは思いません。

私も不正はありますし、もっとこうすべきだったと後悔することはたくさんあります。

必要なのは、「考え続けること」 ではないでしょうか。

自分の頭で判断し、善悪を照らし合わせ、自分の行動の意味と影響を見つめること。

思考することは、小さな勇気であり、同時に、自分自身を守るファクターでもあります。

例えばスタジオでは、誰かが困っているときに声をかける人がいる一方で、「自分には関係ない」と距離を置く人もいます。

けれど、少人数制のコミュニティにおいては、

一人の“沈黙”や“無関与”が空気を変えてしまうことがある ほど繊細です。

逆に、声をかけたりハイタッチしたりと、一歩踏み出してくれるだけで、場全体が温かくなることもあります。

これはワイポケを運営してレッスンしている中で、とても感じます。

20人、30人のスタジオよりも、8名程度のスタジオでの参加者ひとりひとりの空気の変化が、全体に与える影響はとても大きいです。

「関与する」という行為には、関係を育て、場を守る力があります。

アーレント氏のこの言葉の意味が持つ警鐘は、

「悪意よりも、無思考のほうが危険である」という事実です。

考えることに疲れる日もあります。

判断したくない日もある。関与しないほうが楽なときも、もちろんあります。

それでも、私たちは“思考する人間”です。

自分で考え

自分で選び

自分の行動に責任を持つ

その積み重ねが、日常の小さな悪を生まない力になり、コミュニティを優しくし、自分の人生を深くしてくれるのです。

そして、

ワイポケに通ってくださるメンバーさんにはぜひ、「他者との関与」これを大切に感じあえていけたらなと思います。

一回一回でのレッスンで交流する機会を一緒に、楽しんでもらえたら幸いです。

最後まで読んでいだだきありがとうございました。