こんにちは!ワイポケのKYONです。こちらでは、私が経営する、少人数制スタジオ事業についての事、仕事や自分の人生の生き方についてをお伝えしていきます。
人は何かと、「目的」を探そうとします。
例えば私のような、インストラクター・トレーナーも接するメンバーさんに対して、「運動の目的」を聞くことが最優先であり、その真意までを深堀(カウンセリング)することで、運動する意欲を維持させるとしています。
ここからは個人的な見解になります。
ワイポケでは、運動目的を明確化したり、「カウンセリング」などで、方向性の確認を行うことはほとんどありません。(このほとんどというのは、やらない方が良いと思ってはいないからであり、メンバーさん本人が希望している場合には受ける場合もあります。)
なぜか、
何かをすることに「目的」はあまり必要ないと思っているからです。
社会心理学者のDeci & Ryanが提唱する「自己決定理論(Self-Determination Theory(1985))」の中には、内発的と外発的2つのプロセスにおける動機づけの力を説明しています。
• 内発的動機づけ:好奇心や楽しさ、探究心によって行動すること
• 外発的動機づけ:報酬や評価、目的達成のために行動すること
この研究によると、内発的動機づけのほうが長期的に行動を継続しやすく、心理的な満足度も高いことが示されたとしています。
つまり、「何となく始めたこと」や「ただ楽しいからやること」には、それ自体に価値があり、目的がなくても十分に意味を持つのでは?ということなのです。
この運動分野においては、例えば、
「結婚式を控えているから」という目的で運動を始めた人
「トランポリンのエクササイズが楽しそう」となんとなく興味を持って始めた人
どちらが、運動に継続を保てるか。という例が分かりやすいでしょうか。
内発的動機づけの後者の方が楽しければそりゃ続けてくれそうですよね。結婚式も関係ありませんので。笑
私は心理学が割と好きですが、
心理学の研究では、「行動が先で、意味は後からついてくる」ことが多いとされています。
人は経験を通して意味を見出し、行動しながら「なぜこれをやるのか?」が形成されるのです。
つまり、最初から「目的」を設定する必要はなく、始めてから目的が生まれることも十分にあり得ます。
だから、私はワイポケに来てくれた人に、運動の「目的」は聞きません。
わざわざ目的を作る必要もないですし、そこに意味はありません。
トレーナーのよく言う、「運動目的を持たせなければいけない」という考え方は私個人的には違うなと思っています。
多くの芸術家や思想家は、目的がないまま創作を始めています。
ピカソは、「描きながら考える」と言い、
スティーブ・ジョブズは、「点と点をつなげることは、振り返ったときにしかできない」
と述べました。
最初から目的を決めるのではなく、やっていくうちに価値や意味が生まれることが多いのです。
目的は必須ではなく、行動こそが目的を生むのです。
必要な時もあるかもしれませんが、「何かを始める際に目的は必須ではない」ことが多いと思います。
むしろ、行動そのものに価値があり、始めることによって目的が生まれる という考え方の方が、柔軟で創造的な生き方につながるでしょう。
目的がなくても「ただやってみること」には大きな意味があり、その行動の中から新たな発見や価値が生まれていくのです。
こう言う考え方で、「運動すること」を捉えていくと、
さらに、「運動したいかも」と言う人たちは増えていくのではないか。
と私は日頃感じています。
みなさんは運動することに対して、どう感じますか?
最後まで読んでいただきありがとうございました。